さて、「ココ」の公開も後1か月強という所まで迫ってきましたが、今回は音楽担当の岡崎さんのこのツイートに焦点を当てて記事を書いていきたいと思います。

それでは続きからどうぞ。






さて、この言葉なんですけど、このツイートから真っ先に懸念されるのはじゃあ子供はどうなるのか?という点なわけです。
その前に「ココ」のターゲットの話をしますと、ついさっき最新予告や曲等見てきましたが、予告の曲のPV的な作り方、そしてアーティストの起用のさせ方からするに、ターゲットとするのは「君の名は。」のような完全に大衆に向けたものと想像できます。

「君の名は。」「天気の子」のような新海監督×川村Pの組み合わせの場合はアーティストはRADWIMPSのみで世界観を作ったうえで予告を構成していましたが、「ココ」の場合は岡崎さんを中心として、様々なアーティストや合唱団に依頼して歌ってもらっているようです。
しかもトータス松本さんの歌う曲は主題歌ではあるものの、エンディングを飾る曲は木村カエラさんの歌う曲と、もはや大衆を巻き込んだ一大プロジェクトをストーリーの中に落とし込んでいる印象なわけです。

テーマとしても凄くシンプルでわかりやすく、「人間なのにポケモンとしてザルードに育てられたココが、「ニンゲン」としてのアイデンティティを確立して、「ポケモン」から離れて「人間」としてザルードと向き合う親子もの」という感じで、サトシの存在は主人公というよりは、第三者としてココとザルードの親子関係を見つめ、ココを人間へと導いていく役回りに終始しそうな感じです。
その意味で、シンプルに「親子愛」を描くという意味では、いい感じにイレギュラー要素を設けながら楽しく見ることはできそうです。

その中で岡崎さんのツイートですが、僕個人としては解釈として子供に向けられる部分を持ち合わせるのは当然として、親も同時に泣かせると解釈しました。
まあ個人的に「感動」するしないというのは個人の匙加減故、あまり製作者の口から「泣かせる」という言葉を使ってほしくはないのですが(笑)「泣かせる」という言葉自体結構強気な言葉なので、「ポケモンなんてどうせ子供向け」というステレオタイプな考えを持っている大人をそのまま泣かせよう、という解釈ならばこのツイートの意味は分かってくるかな、という感じです。

要はポケモンは2世代時代に突入しているので、子供を連れて見に来る当時の子供である大人、もしくはポケモンを卒業していきながら、予告の「君の名は。」チックな大衆向けのものに惹かれて見に行った大人に向けての発言という感じでしょうか。
「親子愛」というのは本当に、うまくいけば大人でも子供でもきっちりターゲットにできる題材でして、大人はザルードが森の掟に逆らってでもココを育て、ココから「人間としての回帰」を突き付けられ葛藤する様で感情移入するでしょうし、子供はココの成長とザルードに対しての向き合い方で感情移入できるでしょうから。
そう考えると、ある種の「人間」としてのアイデンティティを確立して親離れしていく話ともいえるかもしれません。最新の予告ではココが片言の言葉から流暢になっていく過程も描かれそうな感じを見せていましたから。

なので、同じ矢嶋監督作品でも群像劇の様相だった「みんなの物語」よりも狭く深く、信条に訴えかける描写が多くなるのが予想されます。その意味でエモーショナルという感じでしょうか。
その意味で後1か月強の公開となった「ココ」は、こちらではあまり情報を記事にすることはないとは思いますが、楽しみにしたいと思います。
といったところでこの記事を終わりたいと思います。