さて、今回は海モモの感想メモを載せていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。
それでは続きからどうぞ。
第44話「北の国の伝説」
脚本:菊池有起/絵コンテ,演出:藤本義孝/作画監督:堀内修
菊池さん最後の脚本回は、北の国での大きくなりたくても大きくなれない木のお話。
一応最初の軸はカンパニーがエネルギー開発のためにF-13と名付けられた石を勝手に掘り起こして北の国の領域を侵しているいわゆる自然破壊の流れなのですが、中盤から終盤にかけて、その石が暴走して木が大きくなってしまった事によって、その村からも忌み嫌われる存在になってしまったいわゆる自然災害の話になっているのは面白い所でした。
菊池さんの脚本回なので三度アイリーンが登場、そして2度目のランドルも登場してのその大きくなりすぎた木を凍らせて沈める事に成功していたのは初めて凍らせる事が役に立ったなと思ったものですが、今までダメなものとして扱われていた凍らせる事が自然災害に役に立つのは結構な皮肉だなとも思いまして。それだけ自然というのは親しまれながら嫌われる存在というわけですので。
まあカンパニーの社長はエネルギー開発で儲ける事しか考えてない俗物的な奴だったので凍らせたのは有り難かったですけど。
ただ自然災害によって様々な人が被害を受けて自然を嫌いになってしまう流れはこの数年後に阪神大震災があった事を考えると切実な物だなとは感じました。村の女の子のリリトも木で村が壊された姿を見て、あれだけ石を大事にしていたのにその木を作り出した石の事が嫌いになってましたし。
だからこそその石の鈴の音を聞いていたモモが魔法で「ただ鈴の音をみんなに聞いて貰いたかっただけ」という石の純粋さを知らせたのは、古き伝説の意味を再度確認させたかった意味でも良かったと思います。
長老曰く、その木が大きくなり過ぎると他のエネルギーも吸い取ってしまうため、「人間のエゴで眠ってもらう事を謝る気持ち」で祈りの言葉を村中に捧げていると。その気持ちを抜きにして嫌いになってしまうこの現状は自然に対しての冒涜という意味でカンパニーの面々と変わらないわけです。
そういう問題提起の仕方が素晴らしかったですし(自然破壊、自然災害、自然への冒涜の3面同時進行)、訳のわからないものを凍らせてきたアイリーンもこれには完全納得と、いわゆる「アイリーン三部作」とも言えるウォータームーン、ゴブリン、そしてこの石の決着には相応しいものになったのではないでしょうか。
モモもウォータームーンの時には気持ちを伝える事ができなかったリベンジをこの石で果たせたのは大きかったと思います。北の国はこれからも夢を持ちながらそれが叶う事のない石のために祈りを捧げる事になるのでしょう。これも一つの自然への向き合い方だと感じました。
第45話「天才になろう!」
脚本:小西川博,首藤剛志/絵コンテ,演出:加戸誉夫/作画監督:とみながまり
クリーミィマミなどの文芸や脚本を務め、当時は脚本業を引退していた小西川博さんによる、シュリンポスの指輪を嵌めてしまったが為に世界征服を目論む天才になってしまった男の子クリスのお話。
小西川さんに本業の傍ら書いてもらったそうなので発注から完成まで半年もかかった作品という事ですが、首藤節が独特過ぎた事で結構要領の得ない話にはなってましたね。
要はシュリンポスの指輪を5個集めて嵌めると良くも悪くも天才になってしまうという事で、急に爆弾を作り始めるわ地理の勉強が国が多くあると受験生が困るので爆発させようと時限爆弾を作るわでもうめちゃくちゃ…これを要塞を作って子供1人でやるんだから大したものですよ。
元はと言えば母親であり元怪盗のマリンダが指輪を集めたから起こった事というのが親バカたる悲劇とも言えるのですが、バックボーンがあまりないのでそこまで刺さらず…結果として夢のエネルギーを魔法としてありったけ使う伏線をここに組み込む形にはなりました。
なので話としては個人的には刺さらなかったのですが、現実の危機に魔法が弱いというのは、赤と青のお守りの時にミサイル自体に細工をするしか無かった事を考えると、魔法が使える事で現実的解決の案が出にくくなっている意味でもあるように思いました。
前回が魔法が強化されたからこそ解決した事ならば、今回は魔法が強化されたからこそ無闇に魔法を使い過ぎてしまう流れ…構成としては綺麗なように思いました。
結果的にレジェンドイン達が散りばめた夢のエネルギーがぽっかり開いてしまう状態に…これがなくなる時にどうなってしまうのかというのは空モモの流れから何となく想像できてしまうのが恐ろしいもので。
後は子供を天才にする行動であまりクリスと向き合ってこなかったマリンダが、最後好き放題する天才のクリスをビンタする流れは、やっとこさ親子で向き合えたんだなと感慨深くなりましたね。
第46話「間違いだらけの神様」
脚本:土屋斗紀雄/絵コンテ:佐山聖子/演出:藤本義孝/作画監督:三島利佳
空モモにおけるカオス担当でありサブライター筆頭でもあった土屋さんの海モモ唯一の脚本回は、「間違いだらけの大作戦」になぞらえた宗教戦争のお話となりました。
クックブックの言っていた「宗教戦争は根が深い」というのは本当の話で、ふたご島のアッチノ島、コッチノ島にそれぞれ12歳のモモと大人のモモの像があった事で「こっちの方が本当の神様だ」で戦争が起こった訳です。
無論、神様が争えと言った事はないですし、何なら同じ人間なので優劣も何も無いという話で、それでも神様になり切ったモモの事をとんちのようにかわして全く信じようともしない辺りが、「神様というよりは「自分達の信じる神様」しか見えていない」のが現状なんだろうなと、宗教戦争の本質を見たような気がしました。
しかもその像ができた理由が、フェナリナーサとマリンナーサの女王様が粘土で使った像を魔法で無造作に大きくした事が由来となると…気まぐれでふたご島の間で5年戦争があった訳なのでたまったものではありませんね。
正に「間違いだらけの大作戦」のねこがしんだ作戦と同じなかなかに馬鹿馬鹿しい流れ…とある離島でモモそっくりの像が出てくる話は空モモにて土屋さんではなく戸田さんが書かれてますが、女王様…ではなく王様が島に宝を隠していた流れの話は土屋さんが書かれているのでそれとセットにした形でしょうね。
そんなはた迷惑な戦争が他に大量に使っていたモモの一生をかたどった像達によって終結する辺りは、「自分達の神様を信じる」を流れにピッタリあっていて秀逸だと思いましたね。
まあそれでもアッチノ島のジェロとコッチノ島のポポン、どちらも戦闘隊長でしたが神様のモモをスパイ扱いは酷いものだと思いました。まあだからこそ宗教戦争たる所以なのですが…
みんなの前でわざわざ女神への変身を見せた(地味に後半に入ってから大人になる変身バンクが出てきたのはこれが初めて)のに、今更止められないで結局戦争してましたし、まあ宗教戦争は嫌ですね、と思わされた話でした。
脚本:菊池有起/絵コンテ,演出:藤本義孝/作画監督:堀内修
菊池さん最後の脚本回は、北の国での大きくなりたくても大きくなれない木のお話。
一応最初の軸はカンパニーがエネルギー開発のためにF-13と名付けられた石を勝手に掘り起こして北の国の領域を侵しているいわゆる自然破壊の流れなのですが、中盤から終盤にかけて、その石が暴走して木が大きくなってしまった事によって、その村からも忌み嫌われる存在になってしまったいわゆる自然災害の話になっているのは面白い所でした。
菊池さんの脚本回なので三度アイリーンが登場、そして2度目のランドルも登場してのその大きくなりすぎた木を凍らせて沈める事に成功していたのは初めて凍らせる事が役に立ったなと思ったものですが、今までダメなものとして扱われていた凍らせる事が自然災害に役に立つのは結構な皮肉だなとも思いまして。それだけ自然というのは親しまれながら嫌われる存在というわけですので。
まあカンパニーの社長はエネルギー開発で儲ける事しか考えてない俗物的な奴だったので凍らせたのは有り難かったですけど。
ただ自然災害によって様々な人が被害を受けて自然を嫌いになってしまう流れはこの数年後に阪神大震災があった事を考えると切実な物だなとは感じました。村の女の子のリリトも木で村が壊された姿を見て、あれだけ石を大事にしていたのにその木を作り出した石の事が嫌いになってましたし。
だからこそその石の鈴の音を聞いていたモモが魔法で「ただ鈴の音をみんなに聞いて貰いたかっただけ」という石の純粋さを知らせたのは、古き伝説の意味を再度確認させたかった意味でも良かったと思います。
長老曰く、その木が大きくなり過ぎると他のエネルギーも吸い取ってしまうため、「人間のエゴで眠ってもらう事を謝る気持ち」で祈りの言葉を村中に捧げていると。その気持ちを抜きにして嫌いになってしまうこの現状は自然に対しての冒涜という意味でカンパニーの面々と変わらないわけです。
そういう問題提起の仕方が素晴らしかったですし(自然破壊、自然災害、自然への冒涜の3面同時進行)、訳のわからないものを凍らせてきたアイリーンもこれには完全納得と、いわゆる「アイリーン三部作」とも言えるウォータームーン、ゴブリン、そしてこの石の決着には相応しいものになったのではないでしょうか。
モモもウォータームーンの時には気持ちを伝える事ができなかったリベンジをこの石で果たせたのは大きかったと思います。北の国はこれからも夢を持ちながらそれが叶う事のない石のために祈りを捧げる事になるのでしょう。これも一つの自然への向き合い方だと感じました。
第45話「天才になろう!」
脚本:小西川博,首藤剛志/絵コンテ,演出:加戸誉夫/作画監督:とみながまり
クリーミィマミなどの文芸や脚本を務め、当時は脚本業を引退していた小西川博さんによる、シュリンポスの指輪を嵌めてしまったが為に世界征服を目論む天才になってしまった男の子クリスのお話。
小西川さんに本業の傍ら書いてもらったそうなので発注から完成まで半年もかかった作品という事ですが、首藤節が独特過ぎた事で結構要領の得ない話にはなってましたね。
要はシュリンポスの指輪を5個集めて嵌めると良くも悪くも天才になってしまうという事で、急に爆弾を作り始めるわ地理の勉強が国が多くあると受験生が困るので爆発させようと時限爆弾を作るわでもうめちゃくちゃ…これを要塞を作って子供1人でやるんだから大したものですよ。
元はと言えば母親であり元怪盗のマリンダが指輪を集めたから起こった事というのが親バカたる悲劇とも言えるのですが、バックボーンがあまりないのでそこまで刺さらず…結果として夢のエネルギーを魔法としてありったけ使う伏線をここに組み込む形にはなりました。
なので話としては個人的には刺さらなかったのですが、現実の危機に魔法が弱いというのは、赤と青のお守りの時にミサイル自体に細工をするしか無かった事を考えると、魔法が使える事で現実的解決の案が出にくくなっている意味でもあるように思いました。
前回が魔法が強化されたからこそ解決した事ならば、今回は魔法が強化されたからこそ無闇に魔法を使い過ぎてしまう流れ…構成としては綺麗なように思いました。
結果的にレジェンドイン達が散りばめた夢のエネルギーがぽっかり開いてしまう状態に…これがなくなる時にどうなってしまうのかというのは空モモの流れから何となく想像できてしまうのが恐ろしいもので。
後は子供を天才にする行動であまりクリスと向き合ってこなかったマリンダが、最後好き放題する天才のクリスをビンタする流れは、やっとこさ親子で向き合えたんだなと感慨深くなりましたね。
第46話「間違いだらけの神様」
脚本:土屋斗紀雄/絵コンテ:佐山聖子/演出:藤本義孝/作画監督:三島利佳
空モモにおけるカオス担当でありサブライター筆頭でもあった土屋さんの海モモ唯一の脚本回は、「間違いだらけの大作戦」になぞらえた宗教戦争のお話となりました。
クックブックの言っていた「宗教戦争は根が深い」というのは本当の話で、ふたご島のアッチノ島、コッチノ島にそれぞれ12歳のモモと大人のモモの像があった事で「こっちの方が本当の神様だ」で戦争が起こった訳です。
無論、神様が争えと言った事はないですし、何なら同じ人間なので優劣も何も無いという話で、それでも神様になり切ったモモの事をとんちのようにかわして全く信じようともしない辺りが、「神様というよりは「自分達の信じる神様」しか見えていない」のが現状なんだろうなと、宗教戦争の本質を見たような気がしました。
しかもその像ができた理由が、フェナリナーサとマリンナーサの女王様が粘土で使った像を魔法で無造作に大きくした事が由来となると…気まぐれでふたご島の間で5年戦争があった訳なのでたまったものではありませんね。
正に「間違いだらけの大作戦」のねこがしんだ作戦と同じなかなかに馬鹿馬鹿しい流れ…とある離島でモモそっくりの像が出てくる話は空モモにて土屋さんではなく戸田さんが書かれてますが、女王様…ではなく王様が島に宝を隠していた流れの話は土屋さんが書かれているのでそれとセットにした形でしょうね。
そんなはた迷惑な戦争が他に大量に使っていたモモの一生をかたどった像達によって終結する辺りは、「自分達の神様を信じる」を流れにピッタリあっていて秀逸だと思いましたね。
まあそれでもアッチノ島のジェロとコッチノ島のポポン、どちらも戦闘隊長でしたが神様のモモをスパイ扱いは酷いものだと思いました。まあだからこそ宗教戦争たる所以なのですが…
みんなの前でわざわざ女神への変身を見せた(地味に後半に入ってから大人になる変身バンクが出てきたのはこれが初めて)のに、今更止められないで結局戦争してましたし、まあ宗教戦争は嫌ですね、と思わされた話でした。

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