さて、今回は海モモの感想メモを載せていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。
それでは続きからどうぞ。
第47話「ニンジンを我らに!」
脚本:桶谷顕/絵コンテ:工藤柾輝/演出:秦泉寺博/作画監督:林委千夫
ノコッタパークの周りでニンジンを作る農家がいなくなった事で、ウサギにニンジンの生産を託すお話。
桶谷さんの3作目ですけど今回はただウサギのいた農場を取り戻して終わりとするのではなく、モモが教えてくれたニンジンを育てる為のタネを持って自分達の力でニンジンを栽培する事ができた終わり方にしたのが凄い上手いと思ったんですね。
そのウサギ達が居たところは誰もニンジンを栽培しなくなり都市開発を進める場所になってしまったので、折角モモの魔法でウサギ達がニンジンを栽培する事ができるようになっても開発していく人間達に邪魔されて終わりなんです。
しかもウサギが懲らしめてもその土地から撤退するなんて事には中々ならないですからね。その現実を不発弾の爆発で土地が荒れた事でその地でニンジンを栽培する事をできなくした上で、ウサギ達が自分達の意思で他の土地でニンジンを栽培するように持って行かせた構成が正に「自分達で夢を叶える」構図を生み出せたので良かったと思う訳です。
それまでに人間達が荒らすからこの場所を離れようとウサギの1匹のクロが宣言した所を、ホワイトがニンジンのタネを見つけてニンジンを手放す事のダメさを訴えた事で、グレーを中心に開発業者を懲らしめる方向に行き、そこからそのタネを持って自立という更に進んだ考え方を得る流れは、やはりミンキーモモの作劇としては理想的だったと思いますね。(そういう意味で「平成狸合戦ぽんぽこ」のハッピーエンドバージョンと言えそうです。その映画の2年前の話ではあるのですが)
最初はモモがニンジンはただ買うだけのものではなく1から栽培する人がいると知った事からウサギ達にニンジンを栽培できるようにしたのが始まりですからモモの力も大きかったですし、最後にモモに姿を見せる事なくニンジンをノコッタインに置きウサギ達が元気にニンジンを作ってるシーンを満月をバックに見せるのも風情があって良かったです。(まるでウサギの餅つきのような…)
しかし開発しようとしていた土地にミサイルや不発弾があった時点で開発どころじゃないだろうなとは思いますね。そこも含めて皮肉を相当効かせてる気はします。
ウサギ達のニンジン作りをEDに合わせて楽しそうに見せていたのと比較すると、です。
第48話「赤ちゃんがほしい!?」
脚本:面出明美/絵コンテ,演出:秦泉寺博/作画監督:堀澤聡志
先々の未来に悲観し、早いうちから赤ちゃんが欲しいとお婿さんを9歳にして募集する女の子、チェリーのお話。
首藤さんのコラムによるとこの辺りからは90年代の夢と社会問題を並行させる形でエピソード原案を首藤さんが提示して、それを馴染みの脚本家(主に面出さん、北条さん)が描くという形になっているので、前半と違って個性の幅を利かせた形にはなっていない感じにはなっています。(曰く一般公募でもオタク的作品が多く社会性の話題を取り上げる脚本家がいなかったとの事。目的としては夢も希望もない世界を描く為に90年代の世相を乗せるためらしいです)
とはいえこのエピソードはアメリカの実話をモチーフにしているらしく、それでいてきっちりチェリーとその子の幼馴染的存在のクリフとのラブコメチックな話になっているのが面出さんののちのサトセレに通じる話だなと思いました。
お婿さん大会で色々な人を見てきて、実際お金持ちの子が大会を制したけれども、最終的にドレス姿を見てほしい、心からそばにいて欲しいと思うのはそれまで居てくれたクリフだったと。そこに至るまでの過程がしっかりしていて、最後に勇気を出してクリフが結婚式場にヘリコプターで乗り込むシーンは、ラブコメ…というよりは90年代のトレンディドラマをもっと大袈裟にしたもののように感じました。
それだけヘリコプターのツッコミはあれどドラマチックではあったという話です。まあお金持ちの子は周りが蹴落としてくれる事に甘えて、最終的に親に泣きついていたので、天才のチェリーの器ではないのは確かでしたが。
クリフもクリフで最初はお婿さん大会に乗り気でなかったのを、ドレス姿を見て素直に褒められない事と重ねてどんどんチェリーへの想いを深めていく様は面出さんらしい心情描写だったと思います。
モモも「モモンガ・マリン」という変な名前で参加して上手い事クリフのサポートをしていましたから、空モモよろしく「いつか王子様が」を望みたいところです。
にしても赤ちゃんはどこから来るの?はこの時間帯で説明したら大変な事になりそうだったので濁して正解でしたね。本当にモモは知らなかったんですかねぇ…
第49話「魔女っ子スターウォーズ!?」
脚本:面出明美/絵コンテ,演出:藤本義孝/作画監督:つるやまおさむ
ブレンダ3度目の登場回は、魔女の魔法が消えかかっている中でみんなに魔法を信じてもらおうとテレビ出演をしようとするお話となりました。
ただテレビ局全部回ってみてもやれ手品だ、科学の中で宇宙へ行く時代に魔法は邪魔だと追い返される有様…ブレンダ自身も生計の為に「手品」として魔法を披露していた事がかえって魔法を信じなくなる人を増やすというのは皮肉なものだとは思いました。
今ならMr.マリックさんの魔術への扱いのようなものでしょうか。(そちらは逆に手品を魔術と扱っていた)その中で衛星放送に目をつけて宇宙で魔法ショーを披露する、というのが今回の主軸になります。
そこで出てきたのが空モモ30話にてフェナリナーサに行って魔法の国を信じていた、童話好きのボーマン船長と、42話にてねこがしんだ作戦に乗じて戦闘を助長していたボトム、というのが空モモから見ていた身としては嬉しくなりましたね。(声優陣もその回からの続投。ただブレンダの声が小林優子さんから鶴ひろみさんになってましたが)
空モモから見ていた人からしたら「この人なら魔女は信じるだろうな」となりますし、この回で初めて見る人も眠り姫を見て感動できる純粋な人なんだなとなるので、絶妙なバランスだったと思います。
実際ブレンダは歓迎されましたし、衛星放送を使った魔法ショーも全国的には受けていたみたいなので、そこにステーションジャックとしてボトムが乗り込んできたのはある種タイミングは良かったかなと思います。
ミサイルを花に変え、家に帰りたく魔法でボトム以外のパイロットを平和的に地球に返した…モモと共に出来る限り相手を攻撃する事なく、かつ見ている人も楽しませる魔法は間違いなくできたと思うので。
それでもまだ手品と言うのであれば流石に世も末という事で…そうなりそうなのはこのアニメの狙いでもあるかもしれません。
ただそこから魔法の楽しさを知って魔女達が魔法を使おうと心を新たにする姿や、ボーマン船長は間違いなく魔法を信じた事を考えたら、ニンジン栽培のウサギのように、気持ちの持ちようでどうにでもなる力強さをモモとブレンダは届けられたのではないでしょうか。
ブレンダ最初の登場の魔女が見つからなくて諦めていた姿からここまで来たと考えると感慨深いものがありますね。
いつかまたメアリーみたいな子が現れる事を願いまして…
脚本:桶谷顕/絵コンテ:工藤柾輝/演出:秦泉寺博/作画監督:林委千夫
ノコッタパークの周りでニンジンを作る農家がいなくなった事で、ウサギにニンジンの生産を託すお話。
桶谷さんの3作目ですけど今回はただウサギのいた農場を取り戻して終わりとするのではなく、モモが教えてくれたニンジンを育てる為のタネを持って自分達の力でニンジンを栽培する事ができた終わり方にしたのが凄い上手いと思ったんですね。
そのウサギ達が居たところは誰もニンジンを栽培しなくなり都市開発を進める場所になってしまったので、折角モモの魔法でウサギ達がニンジンを栽培する事ができるようになっても開発していく人間達に邪魔されて終わりなんです。
しかもウサギが懲らしめてもその土地から撤退するなんて事には中々ならないですからね。その現実を不発弾の爆発で土地が荒れた事でその地でニンジンを栽培する事をできなくした上で、ウサギ達が自分達の意思で他の土地でニンジンを栽培するように持って行かせた構成が正に「自分達で夢を叶える」構図を生み出せたので良かったと思う訳です。
それまでに人間達が荒らすからこの場所を離れようとウサギの1匹のクロが宣言した所を、ホワイトがニンジンのタネを見つけてニンジンを手放す事のダメさを訴えた事で、グレーを中心に開発業者を懲らしめる方向に行き、そこからそのタネを持って自立という更に進んだ考え方を得る流れは、やはりミンキーモモの作劇としては理想的だったと思いますね。(そういう意味で「平成狸合戦ぽんぽこ」のハッピーエンドバージョンと言えそうです。その映画の2年前の話ではあるのですが)
最初はモモがニンジンはただ買うだけのものではなく1から栽培する人がいると知った事からウサギ達にニンジンを栽培できるようにしたのが始まりですからモモの力も大きかったですし、最後にモモに姿を見せる事なくニンジンをノコッタインに置きウサギ達が元気にニンジンを作ってるシーンを満月をバックに見せるのも風情があって良かったです。(まるでウサギの餅つきのような…)
しかし開発しようとしていた土地にミサイルや不発弾があった時点で開発どころじゃないだろうなとは思いますね。そこも含めて皮肉を相当効かせてる気はします。
ウサギ達のニンジン作りをEDに合わせて楽しそうに見せていたのと比較すると、です。
第48話「赤ちゃんがほしい!?」
脚本:面出明美/絵コンテ,演出:秦泉寺博/作画監督:堀澤聡志
先々の未来に悲観し、早いうちから赤ちゃんが欲しいとお婿さんを9歳にして募集する女の子、チェリーのお話。
首藤さんのコラムによるとこの辺りからは90年代の夢と社会問題を並行させる形でエピソード原案を首藤さんが提示して、それを馴染みの脚本家(主に面出さん、北条さん)が描くという形になっているので、前半と違って個性の幅を利かせた形にはなっていない感じにはなっています。(曰く一般公募でもオタク的作品が多く社会性の話題を取り上げる脚本家がいなかったとの事。目的としては夢も希望もない世界を描く為に90年代の世相を乗せるためらしいです)
とはいえこのエピソードはアメリカの実話をモチーフにしているらしく、それでいてきっちりチェリーとその子の幼馴染的存在のクリフとのラブコメチックな話になっているのが面出さんののちのサトセレに通じる話だなと思いました。
お婿さん大会で色々な人を見てきて、実際お金持ちの子が大会を制したけれども、最終的にドレス姿を見てほしい、心からそばにいて欲しいと思うのはそれまで居てくれたクリフだったと。そこに至るまでの過程がしっかりしていて、最後に勇気を出してクリフが結婚式場にヘリコプターで乗り込むシーンは、ラブコメ…というよりは90年代のトレンディドラマをもっと大袈裟にしたもののように感じました。
それだけヘリコプターのツッコミはあれどドラマチックではあったという話です。まあお金持ちの子は周りが蹴落としてくれる事に甘えて、最終的に親に泣きついていたので、天才のチェリーの器ではないのは確かでしたが。
クリフもクリフで最初はお婿さん大会に乗り気でなかったのを、ドレス姿を見て素直に褒められない事と重ねてどんどんチェリーへの想いを深めていく様は面出さんらしい心情描写だったと思います。
モモも「モモンガ・マリン」という変な名前で参加して上手い事クリフのサポートをしていましたから、空モモよろしく「いつか王子様が」を望みたいところです。
にしても赤ちゃんはどこから来るの?はこの時間帯で説明したら大変な事になりそうだったので濁して正解でしたね。本当にモモは知らなかったんですかねぇ…
第49話「魔女っ子スターウォーズ!?」
脚本:面出明美/絵コンテ,演出:藤本義孝/作画監督:つるやまおさむ
ブレンダ3度目の登場回は、魔女の魔法が消えかかっている中でみんなに魔法を信じてもらおうとテレビ出演をしようとするお話となりました。
ただテレビ局全部回ってみてもやれ手品だ、科学の中で宇宙へ行く時代に魔法は邪魔だと追い返される有様…ブレンダ自身も生計の為に「手品」として魔法を披露していた事がかえって魔法を信じなくなる人を増やすというのは皮肉なものだとは思いました。
今ならMr.マリックさんの魔術への扱いのようなものでしょうか。(そちらは逆に手品を魔術と扱っていた)その中で衛星放送に目をつけて宇宙で魔法ショーを披露する、というのが今回の主軸になります。
そこで出てきたのが空モモ30話にてフェナリナーサに行って魔法の国を信じていた、童話好きのボーマン船長と、42話にてねこがしんだ作戦に乗じて戦闘を助長していたボトム、というのが空モモから見ていた身としては嬉しくなりましたね。(声優陣もその回からの続投。ただブレンダの声が小林優子さんから鶴ひろみさんになってましたが)
空モモから見ていた人からしたら「この人なら魔女は信じるだろうな」となりますし、この回で初めて見る人も眠り姫を見て感動できる純粋な人なんだなとなるので、絶妙なバランスだったと思います。
実際ブレンダは歓迎されましたし、衛星放送を使った魔法ショーも全国的には受けていたみたいなので、そこにステーションジャックとしてボトムが乗り込んできたのはある種タイミングは良かったかなと思います。
ミサイルを花に変え、家に帰りたく魔法でボトム以外のパイロットを平和的に地球に返した…モモと共に出来る限り相手を攻撃する事なく、かつ見ている人も楽しませる魔法は間違いなくできたと思うので。
それでもまだ手品と言うのであれば流石に世も末という事で…そうなりそうなのはこのアニメの狙いでもあるかもしれません。
ただそこから魔法の楽しさを知って魔女達が魔法を使おうと心を新たにする姿や、ボーマン船長は間違いなく魔法を信じた事を考えたら、ニンジン栽培のウサギのように、気持ちの持ちようでどうにでもなる力強さをモモとブレンダは届けられたのではないでしょうか。
ブレンダ最初の登場の魔女が見つからなくて諦めていた姿からここまで来たと考えると感慨深いものがありますね。
いつかまたメアリーみたいな子が現れる事を願いまして…

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