さて、今回は「となりの妖怪さん」の感想を書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。
それでは続きからどうぞ。
第7話
脚本:金春智子/絵コンテ,演出:中野涼子/作画監督:川岸隆太,沼田広,竹島照子,他2名
長命の妖怪と(絶対比較で)短命の人間の違いの苦悩…同じ人間でもそうなんだからこの折り合いは難しいなぁ…と思った話でした。
というわけでぶちおがワーゲンの主人である和彦の話からこの問題に直面することになったわけですが…
ぶちおからしたらもうすぐ死ぬところからいきなり長命の猫又になってしまった事で、自分が逆に大石家を見送る立場になってしまった事の恐怖が付く事になったわけですから、妖怪になるのも良い事ばかりではないと思うきっかけになったとは思います。
ワーゲン周りは和彦とその妻である奈美子が幼いころからの思い出を今回追憶した事によって別れの虚しさが増したと言いますか…若干奈美子が達観しすぎてる部分は気になりはしましたけど(「ありのまま全うしたい」という考えを死の間際ならともかくとして若い時から話していたのは相当だなと思いましたし)、それを経験したからこそ和彦も、自分の事を過去の奈美子との思い出の中に置いてきて、自分が死んだ後のワーゲンの今後を考える事になったのは悲しい物だな、と思わされました。
和彦は言ってないですしこう思ってるかは分かりませんけど、視聴者的には和彦が幼少期に言った「目が綺麗」の所以である「祖先が芭蕉」という事が後々枯れる事でその弊害が奈美子の死に直結したのは皮肉以外の何物でもないなと思ってしまうので、和彦が達観してしまうのも仕方がないと感じてしまうわけですね。(ここで大杉が朽ちない限り天狗は蘇る、という3話の設定と組み合わせてきたのが構成としても上手かったと思います)
ワーゲンとしてはどうする事も出来ないので悲しみを分け合う事しかできない、というのも厳しい所ではあると思います。恐らく30年以上2人を車として見てきたからこそ感じた部分でもあるでしょうし。
そこでギャップを感じたぶちおがお酒の席でそれを話したのも、一生解決されない話ではあるけれども「話を聞いてもらいたい」気持ちはあったかもしれませんね。
なのでその事を心の奥底に置きながらも「今を生きる」くらいが丁度良いのかもしれませんね。田中も同じ事を話してましたけど、しかしこの妖怪しかいない環境の中で良く普通の人である田中が話についていってるな…とまた驚いてしまいました(笑)
後、そこで出た百合の「化け狐は人間と同じくらいの平均寿命」というのはある種救いにもなってる部分はあるかもしれませんね。これは本人(ほんにん)間の話ではあると思うのですが。
そしてジロー周りでもまた闇が見えましたね…多分睦実のひいおばあちゃん(大昔水神と戦った時に近くにいた子?)に入れ込み過ぎた故に亡くした時の喪失感が凄かったのでしょう。
そのひいおばあちゃんのムーブが今の睦実と重なる所があるからこそ苦悩する部分が見られると…睦実は普通にジローが大好きだけれども喪失感の予感の方が勝っている所を見ると、当時のひいおばあちゃんと同じ感情になってるのかもしれません。
睦実的には大杉の結界を緩めてしまった事等の「何もできてない」と負い目を感じている部分もあると思うので、ジローへの思いは複雑だなぁとは思いますね。(実際「何もできていないわけではない」なのもポイントかと)そこを優しく包み込んでくれる早千代は優しいなとも思いました。
後、最後のジローの「…ごめんね」は自分だけこうして生きている事に対しての言葉だったりするんでしょうか?そうするとこの心の穴は誰も埋める事ができるんじゃないかとも思ってしまいます。
それを踏まえてのベトベトサンのバーでの話だったとしたらベトベトサンも経験が多くある中で優しいなぁ、なんて感じますね。(同時にこういう気持ちを共有できるのは妖怪同士でしかないのだな…とも思ってしまいますが)
しかし早千代の好きな人って誰なんでしょうね…?まさかおっちゃんだったりしません?
というわけで次回はどういう話になるかは分かりませんが楽しみです。
脚本:金春智子/絵コンテ,演出:中野涼子/作画監督:川岸隆太,沼田広,竹島照子,他2名
長命の妖怪と(絶対比較で)短命の人間の違いの苦悩…同じ人間でもそうなんだからこの折り合いは難しいなぁ…と思った話でした。
というわけでぶちおがワーゲンの主人である和彦の話からこの問題に直面することになったわけですが…
ぶちおからしたらもうすぐ死ぬところからいきなり長命の猫又になってしまった事で、自分が逆に大石家を見送る立場になってしまった事の恐怖が付く事になったわけですから、妖怪になるのも良い事ばかりではないと思うきっかけになったとは思います。
ワーゲン周りは和彦とその妻である奈美子が幼いころからの思い出を今回追憶した事によって別れの虚しさが増したと言いますか…若干奈美子が達観しすぎてる部分は気になりはしましたけど(「ありのまま全うしたい」という考えを死の間際ならともかくとして若い時から話していたのは相当だなと思いましたし)、それを経験したからこそ和彦も、自分の事を過去の奈美子との思い出の中に置いてきて、自分が死んだ後のワーゲンの今後を考える事になったのは悲しい物だな、と思わされました。
和彦は言ってないですしこう思ってるかは分かりませんけど、視聴者的には和彦が幼少期に言った「目が綺麗」の所以である「祖先が芭蕉」という事が後々枯れる事でその弊害が奈美子の死に直結したのは皮肉以外の何物でもないなと思ってしまうので、和彦が達観してしまうのも仕方がないと感じてしまうわけですね。(ここで大杉が朽ちない限り天狗は蘇る、という3話の設定と組み合わせてきたのが構成としても上手かったと思います)
ワーゲンとしてはどうする事も出来ないので悲しみを分け合う事しかできない、というのも厳しい所ではあると思います。恐らく30年以上2人を車として見てきたからこそ感じた部分でもあるでしょうし。
そこでギャップを感じたぶちおがお酒の席でそれを話したのも、一生解決されない話ではあるけれども「話を聞いてもらいたい」気持ちはあったかもしれませんね。
なのでその事を心の奥底に置きながらも「今を生きる」くらいが丁度良いのかもしれませんね。田中も同じ事を話してましたけど、しかしこの妖怪しかいない環境の中で良く普通の人である田中が話についていってるな…とまた驚いてしまいました(笑)
後、そこで出た百合の「化け狐は人間と同じくらいの平均寿命」というのはある種救いにもなってる部分はあるかもしれませんね。これは本人(ほんにん)間の話ではあると思うのですが。
そしてジロー周りでもまた闇が見えましたね…多分睦実のひいおばあちゃん(大昔水神と戦った時に近くにいた子?)に入れ込み過ぎた故に亡くした時の喪失感が凄かったのでしょう。
そのひいおばあちゃんのムーブが今の睦実と重なる所があるからこそ苦悩する部分が見られると…睦実は普通にジローが大好きだけれども喪失感の予感の方が勝っている所を見ると、当時のひいおばあちゃんと同じ感情になってるのかもしれません。
睦実的には大杉の結界を緩めてしまった事等の「何もできてない」と負い目を感じている部分もあると思うので、ジローへの思いは複雑だなぁとは思いますね。(実際「何もできていないわけではない」なのもポイントかと)そこを優しく包み込んでくれる早千代は優しいなとも思いました。
後、最後のジローの「…ごめんね」は自分だけこうして生きている事に対しての言葉だったりするんでしょうか?そうするとこの心の穴は誰も埋める事ができるんじゃないかとも思ってしまいます。
それを踏まえてのベトベトサンのバーでの話だったとしたらベトベトサンも経験が多くある中で優しいなぁ、なんて感じますね。(同時にこういう気持ちを共有できるのは妖怪同士でしかないのだな…とも思ってしまいますが)
しかし早千代の好きな人って誰なんでしょうね…?まさかおっちゃんだったりしません?
というわけで次回はどういう話になるかは分かりませんが楽しみです。

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