さて、昨日の深夜(今日の未明ともいいますが)から始まった「薫る花は凛と咲く」のアニメですが、昨今の深夜アニメでは珍しくOPとEDを映像付きで初回から放送してくれたので、今回はその感想を書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。
OP「まなざしは光」
絵コンテ,演出:黒木美幸/作画監督:徳岡紘平
まずはOPですが、こちらは凛太郎から見た薫子の曲なので、黒木監督が映像制作を担当している分、かなりストレートに凛太郎の本編を通じた「救い」の映像となっています。
雨の暗闇の中、慕ってくれる友達がいる中でも孤独にいた凛太郎が、薫子が自分の感情を凛太郎に伝えた事で世界が変わった、というのを冒頭で示しているのが既に引き込まれる要素になってるんですよ。
その後で急に実写の背景と共に、凛太郎(緑)と薫子(紫)の線が交わっていく様が描かれるわけですが、ここで実写のカモメが急にアニメ調になったのは、凛太郎にとって絵空事だと思っていた「誰かと強くかかわって過ごす日々」がカモメと共にやってきた、というのを演出で示したかったからだと思うんですね。
凛太郎にとってはアニメの世界が本物で、僕らにとっての現実の世界が絵空事なわけなので…冒頭の傘をさしているシーンの背景も実写なので、想像できない世界だったのが分かるようで、これは逆転の発想として素晴らしいなと思った次第です。
そして最初の方は途中千鳥の昇降口から外を映す(凛太郎は窓越しに桔梗の校舎を見ている)&桔梗の閉ざされた校舎が映し出されているように、隔絶された千鳥と桔梗の様子が映し出されているのが、
今の現状を表しているようで、各々の学校生活を送っていながらも虚しさは残る、という形になっている絶妙さを示していたと思います。
個人的には、ここで薫子と昴にまどかが話しかけに行ってるのが、「2期を期待してもいいのか!?」となってしまうわけですがどうなんでしょう…(1クールの中では、実は桔梗4人(まどか、亜由美、すずか、千紗)の中でまどかが一番出番が少ないんですよ。でもフューチャーされているということは…?)
多分この絵での位置は、後ろ姿だけ映っている2つ結びの子がすずか、話しかけに行ってるのが亜由美、右で立ちながら話しているのが千紗だと思ってます。
余談になりますが、別にネタバレでもないと思うので書いておきますと、先行上映会の2話ですずかを最初に見た時に「思ったよりも髪黒いな」と思ったんですね。
漫画内だとすずかの髪色は昴と同じく白色なので、結構色素が薄いタイプの黒だと思っていたので。
でも、そんな隔絶された2校の間でカーテンを開けて、凛太郎を見てくれるのは薫子なんですよね。そこから飛んで行った傘と共に凛太郎の空間に光を灯される演出がされるわけなので、正に「君のまなざしは光だ」となるわけです。
この傘の行方については後で書くとしまして、ここから曲がサビに入っての怒涛の本編の薫子ラッシュなのが、このアニメの需要を分かっているな、と思いましたね。
意味合いとしては、凛太郎が薫子から与えられた影響を、凛太郎が回想しているという実に「愛」に溢れた描写なのですが、それを視聴者にサービスシーンとして見せる事も兼ねる、というのは上手く考えたものだなと思いました。
それぞれ、3話扉絵→最初のケーキを食べる姿→連絡先交換の時の様子→図書館の外のベンチで寝ている凛太郎をのぞき込む姿→カフェでの2人の勉強会の時→スポーツ大会に参加できるようになってのハイタッチ後の励まそうとしている様子→水族館デートの時→誕生日ケーキを貰った時の様子と、薫子は凛太郎と会うたびに服装も変えているので、「このシーンの薫子だ!」と原作を読んでいると分かるのが凄い話ですし(ここまで衣装や髪型までチェンジしていくヒロインは中々見られないので)、
アニメから入った人でも、このシーンは絶対1クール内でやる内容なので、後々の振り返りにもなる分お得なわけです。
そこから一気に空気感が明るくなって、勉強会、誕生日ケーキ、海、線香花火、そしてりんご飴と、プロップで攻めても全部エモーショナルに消化されるのが、原作を追ってると凄く感慨深くなるのが凄いんですね。
僕は特に海のシーンが好きなのでこのキャプチャを載せてますが、これがアニメでどう描かれるか今から楽しみです。
そこからの背中合わせの凛太郎と薫子(これは扉絵でもあった描写ですね)に身長差を感じつつ、線が交わっていく所にこの後の2人の進んでいく過程を想像できて良いという物です。
ここから6人共に朗らかな表情が増えて、遂には6人で列車に乗っているシーンが出ると。
アニメから見ている人は、あの敵対している所からどうやってここまで辿り着いたんだ…?となるでしょうけど、そこはお楽しみにという事で…
僕としては、同じOP内でここまで描いてくれて嬉しい、とだけ書いておきます。
そして薫子の傘の行方ですが、凛太郎が飛行機雲と交差するように走ってジャンプでつかみ取っていました。
ここで最初は、飛行機雲が進展を示す「左から右」なのに対して、凛太郎は何で逆の「右から左」に走ってるんだろう?と思ったんですね。
傘が左に飛んでいたから、という話ではなくて、飛行機雲(=自分を切り開いてくれた光。歌詞のフレーズでいう所の「あの入道雲さえ突き破って真っすぐ泳ぎ渡ってきた」の象徴)と同等の動きを凛太郎にさせたいのなら、同じ方向を走らせるのが普通だと思ったので。
でもここの飛行機雲を掴むように薫子の傘を掴んでいる様子を見た時に、凛太郎は飛行機雲を「追いかける」のではなく、自分の手で「掴み取りたい」んだな、と分かって合点が行きました。
ある種「薫子の傘=飛行機雲」のようなものなので、薫子ともっと一緒に居たい、歌詞でいうところの「きみのまなざしの全てが欲しい」という感情になっていたのではないか、という話ですね。
1話で「欲が出ちまう」と凛太郎がモノローグで語っていた事がこれなわけです。
そして入道雲の前で佇んでいる薫子は、正に飛行機雲の如く入道雲を突き破って、真っすぐ凛太郎を見てくれていると。この「まなざし」に薫子の芯の強さが見られて流石だと思いました。
そして入道雲の前で雨上がりの中出会った時、凛太郎も「飛行機雲」そのものになれたと。凛太郎が薫子に影響されて感情が表に出るようになって、千鳥3人や昴に対して優しさで動く事ができるようになった、という事ですね。
こう考えると本当に「救い」の物語に「まなざしは光」の映像になっているのが素晴らしいと改めて思った次第です。
ED「ハレの日に」
絵コンテ,演出:藤田春香/作画監督:浦未希子
次はED映像ですけど、制作を担当されたのが結構感覚的な演出をされる山田尚子さんの系譜である藤田さん故に、黒木監督が担当された「まなざしは光」よりも感覚的故に相当解釈が難しい代物になっています。
曲自体は「まなざしは光」と逆に薫子から凛太郎の歌詞なので結構分かりやすいんですけど、映像ともなると西洋のおとぎ話モチーフという感じでオシャレではあるものの、本格的に考察してみようとすると、という感じですね。
なので結構解釈は違ってくるかと思いますがそこはご了承ください。
では書いていきますと、この「ハレの日に」は1クール内の最終回と思われる薫子視点の出会いの話と被せてきているのではないか?と思っています。
思いっきりネタバレすると、自分の勇気が出ずに凛太郎から最初に認識された時に逃げ出してしまった事に後悔しながらも、勇気を出す事ができた事で接点が出来た、という話なのですが、
その冒頭の「後悔」の所を落ち行くリンゴ、そして傘をさしたまま後ろから落ちていく薫子に準えたのではないか、という話ですね。
「ハレの日に」も最初は後ろ向きな気持ちから歌詞がスタートしているので、そこに合わせたのだと思います。そしてその冒頭のリンゴは「薫子の片想いの状態の恋心」の象徴と。ある種「恋に落ちる」と掛けているのだと思います。
そしてそれが雨に濡れながら落ちているので、雨の中逃げるように去ってしまった事の後悔が募っている、わけですね。
そしてそのままだと地面に落ちる剥かれたリンゴの皮のように、運命の中でただ接点がないまま終わってしまう恋になってしまう、という事を残酷に示していると。
その後のお菓子で作られた千鳥と桔梗の校舎、そして髪を上げた金髪の凛太郎を象徴した「ライオン」と、小動物のように食べる薫子を象徴した「リス」が置かれている事で隔絶された2校を表しているわけですね。
ここでポイントなのが、その後出てくる「リンゴの木」が千鳥サイドに置かれている事なんですよ。
リンゴは先ほどにも書いたように「恋心」の象徴ですから、これは凛太郎の気持ちを表しています。その凛太郎の「リンゴ」が花を付けて実っているという事は…薫子によって花が咲いて実がなったという事になります。
薫子は凛太郎からの気持ちには気づく事なく、凛太郎からの言葉で認識した形なので、そこを「千鳥側にあるリンゴの木」で示したかったのではないか、と思っています。
でも薫子はその後悔の中、自分の感情に振り回されて服の糸がほつれ、自分の糸で動けない状態になっていると。
多分「リンゴ=恋心=赤の糸の服を着ている薫子」だと思っているので、ここで違う形で逃げてしまった事で動けなくなってしまった薫子を表しているのだと思います。
でもそこからそのリンゴの皮を運命の赤い糸にして凛太郎にアプローチをかけるという、「勇気」を示した事で、時間が巻き戻って、落ちる事無く浮かび上がることに成功したと。
この薫子のポーズは結構色んな絵で見るシチュエーションですけど、浮かび上がるという点が能動的な物、と考えると面白いなと思います。
そしてお菓子の校舎を自分でほんの少しだけ千鳥側に寄せる事で、自分だけだったリンゴに花が咲いて、実がなって、それを薫子が運命のまま流される事無く食べる事に繋がると。
ここのリンゴを食べる薫子が艶やかすぎて凄いな、と思ってしまいましたが、ここは歌詞の「君と過ごす何気ないときが、いつだって花になるから」という所で凛太郎との交流を連想させ、
そのリンゴの花が歌詞の「君がすきな花 わたしも持ってて あぁもう笑っちゃうね」(=凛太郎と薫子の両想い)と連動する事で恋の成就に繋がって、最初の雨が嘘のように止んで傘がいらなくなった、というのが「少しの勇気で事を動かす事ができる」という、「薫る花」の1つのテーマを示しているようで凄いな、と思った次第です。
そして最後は、剥かれた皮が残酷に下に落ちていく様、ではなく同じ空間にかじられたリンゴが置かれているという、運命に「勇気」で抗って凛太郎の隣に居られるようになった、という希望のラストで終わりとなったので、非常に綺麗な終わり方だったと思います。
…とまあここまで自己解釈を書いてきましたけど、自信はあるか、と言われれば割とないです(笑)
でも取り敢えず自分の考えた事は書いておこう、と思って書いてみました。皆さんの解釈はどうでしょうか?
というわけでOPとEDの感想でした。いやはやこれだけ語れるくらいの映像クオリティだったので、「薫る花」がCloverWorks制作で本当に良かったな、と改めて思いました。本当に受けてくださってありがとうございました。今後の話も楽しみです。
絵コンテ,演出:黒木美幸/作画監督:徳岡紘平
まずはOPですが、こちらは凛太郎から見た薫子の曲なので、黒木監督が映像制作を担当している分、かなりストレートに凛太郎の本編を通じた「救い」の映像となっています。
雨の暗闇の中、慕ってくれる友達がいる中でも孤独にいた凛太郎が、薫子が自分の感情を凛太郎に伝えた事で世界が変わった、というのを冒頭で示しているのが既に引き込まれる要素になってるんですよ。
その後で急に実写の背景と共に、凛太郎(緑)と薫子(紫)の線が交わっていく様が描かれるわけですが、ここで実写のカモメが急にアニメ調になったのは、凛太郎にとって絵空事だと思っていた「誰かと強くかかわって過ごす日々」がカモメと共にやってきた、というのを演出で示したかったからだと思うんですね。
凛太郎にとってはアニメの世界が本物で、僕らにとっての現実の世界が絵空事なわけなので…冒頭の傘をさしているシーンの背景も実写なので、想像できない世界だったのが分かるようで、これは逆転の発想として素晴らしいなと思った次第です。
そして最初の方は途中千鳥の昇降口から外を映す(凛太郎は窓越しに桔梗の校舎を見ている)&桔梗の閉ざされた校舎が映し出されているように、隔絶された千鳥と桔梗の様子が映し出されているのが、
今の現状を表しているようで、各々の学校生活を送っていながらも虚しさは残る、という形になっている絶妙さを示していたと思います。
個人的には、ここで薫子と昴にまどかが話しかけに行ってるのが、「2期を期待してもいいのか!?」となってしまうわけですがどうなんでしょう…(1クールの中では、実は桔梗4人(まどか、亜由美、すずか、千紗)の中でまどかが一番出番が少ないんですよ。でもフューチャーされているということは…?)
多分この絵での位置は、後ろ姿だけ映っている2つ結びの子がすずか、話しかけに行ってるのが亜由美、右で立ちながら話しているのが千紗だと思ってます。
余談になりますが、別にネタバレでもないと思うので書いておきますと、先行上映会の2話ですずかを最初に見た時に「思ったよりも髪黒いな」と思ったんですね。
漫画内だとすずかの髪色は昴と同じく白色なので、結構色素が薄いタイプの黒だと思っていたので。
でも、そんな隔絶された2校の間でカーテンを開けて、凛太郎を見てくれるのは薫子なんですよね。そこから飛んで行った傘と共に凛太郎の空間に光を灯される演出がされるわけなので、正に「君のまなざしは光だ」となるわけです。
この傘の行方については後で書くとしまして、ここから曲がサビに入っての怒涛の本編の薫子ラッシュなのが、このアニメの需要を分かっているな、と思いましたね。
意味合いとしては、凛太郎が薫子から与えられた影響を、凛太郎が回想しているという実に「愛」に溢れた描写なのですが、それを視聴者にサービスシーンとして見せる事も兼ねる、というのは上手く考えたものだなと思いました。
それぞれ、3話扉絵→最初のケーキを食べる姿→連絡先交換の時の様子→図書館の外のベンチで寝ている凛太郎をのぞき込む姿→カフェでの2人の勉強会の時→スポーツ大会に参加できるようになってのハイタッチ後の励まそうとしている様子→水族館デートの時→誕生日ケーキを貰った時の様子と、薫子は凛太郎と会うたびに服装も変えているので、「このシーンの薫子だ!」と原作を読んでいると分かるのが凄い話ですし(ここまで衣装や髪型までチェンジしていくヒロインは中々見られないので)、
アニメから入った人でも、このシーンは絶対1クール内でやる内容なので、後々の振り返りにもなる分お得なわけです。
そこから一気に空気感が明るくなって、勉強会、誕生日ケーキ、海、線香花火、そしてりんご飴と、プロップで攻めても全部エモーショナルに消化されるのが、原作を追ってると凄く感慨深くなるのが凄いんですね。
僕は特に海のシーンが好きなのでこのキャプチャを載せてますが、これがアニメでどう描かれるか今から楽しみです。
そこからの背中合わせの凛太郎と薫子(これは扉絵でもあった描写ですね)に身長差を感じつつ、線が交わっていく所にこの後の2人の進んでいく過程を想像できて良いという物です。
ここから6人共に朗らかな表情が増えて、遂には6人で列車に乗っているシーンが出ると。
アニメから見ている人は、あの敵対している所からどうやってここまで辿り着いたんだ…?となるでしょうけど、そこはお楽しみにという事で…
僕としては、同じOP内でここまで描いてくれて嬉しい、とだけ書いておきます。
そして薫子の傘の行方ですが、凛太郎が飛行機雲と交差するように走ってジャンプでつかみ取っていました。
ここで最初は、飛行機雲が進展を示す「左から右」なのに対して、凛太郎は何で逆の「右から左」に走ってるんだろう?と思ったんですね。
傘が左に飛んでいたから、という話ではなくて、飛行機雲(=自分を切り開いてくれた光。歌詞のフレーズでいう所の「あの入道雲さえ突き破って真っすぐ泳ぎ渡ってきた」の象徴)と同等の動きを凛太郎にさせたいのなら、同じ方向を走らせるのが普通だと思ったので。
でもここの飛行機雲を掴むように薫子の傘を掴んでいる様子を見た時に、凛太郎は飛行機雲を「追いかける」のではなく、自分の手で「掴み取りたい」んだな、と分かって合点が行きました。
ある種「薫子の傘=飛行機雲」のようなものなので、薫子ともっと一緒に居たい、歌詞でいうところの「きみのまなざしの全てが欲しい」という感情になっていたのではないか、という話ですね。
1話で「欲が出ちまう」と凛太郎がモノローグで語っていた事がこれなわけです。
そして入道雲の前で佇んでいる薫子は、正に飛行機雲の如く入道雲を突き破って、真っすぐ凛太郎を見てくれていると。この「まなざし」に薫子の芯の強さが見られて流石だと思いました。
そして入道雲の前で雨上がりの中出会った時、凛太郎も「飛行機雲」そのものになれたと。凛太郎が薫子に影響されて感情が表に出るようになって、千鳥3人や昴に対して優しさで動く事ができるようになった、という事ですね。
こう考えると本当に「救い」の物語に「まなざしは光」の映像になっているのが素晴らしいと改めて思った次第です。
ED「ハレの日に」
絵コンテ,演出:藤田春香/作画監督:浦未希子
次はED映像ですけど、制作を担当されたのが結構感覚的な演出をされる山田尚子さんの系譜である藤田さん故に、黒木監督が担当された「まなざしは光」よりも感覚的故に相当解釈が難しい代物になっています。
曲自体は「まなざしは光」と逆に薫子から凛太郎の歌詞なので結構分かりやすいんですけど、映像ともなると西洋のおとぎ話モチーフという感じでオシャレではあるものの、本格的に考察してみようとすると、という感じですね。
なので結構解釈は違ってくるかと思いますがそこはご了承ください。
では書いていきますと、この「ハレの日に」は1クール内の最終回と思われる薫子視点の出会いの話と被せてきているのではないか?と思っています。
思いっきりネタバレすると、自分の勇気が出ずに凛太郎から最初に認識された時に逃げ出してしまった事に後悔しながらも、勇気を出す事ができた事で接点が出来た、という話なのですが、
その冒頭の「後悔」の所を落ち行くリンゴ、そして傘をさしたまま後ろから落ちていく薫子に準えたのではないか、という話ですね。
「ハレの日に」も最初は後ろ向きな気持ちから歌詞がスタートしているので、そこに合わせたのだと思います。そしてその冒頭のリンゴは「薫子の片想いの状態の恋心」の象徴と。ある種「恋に落ちる」と掛けているのだと思います。
そしてそれが雨に濡れながら落ちているので、雨の中逃げるように去ってしまった事の後悔が募っている、わけですね。
そしてそのままだと地面に落ちる剥かれたリンゴの皮のように、運命の中でただ接点がないまま終わってしまう恋になってしまう、という事を残酷に示していると。
その後のお菓子で作られた千鳥と桔梗の校舎、そして髪を上げた金髪の凛太郎を象徴した「ライオン」と、小動物のように食べる薫子を象徴した「リス」が置かれている事で隔絶された2校を表しているわけですね。
ここでポイントなのが、その後出てくる「リンゴの木」が千鳥サイドに置かれている事なんですよ。
リンゴは先ほどにも書いたように「恋心」の象徴ですから、これは凛太郎の気持ちを表しています。その凛太郎の「リンゴ」が花を付けて実っているという事は…薫子によって花が咲いて実がなったという事になります。
薫子は凛太郎からの気持ちには気づく事なく、凛太郎からの言葉で認識した形なので、そこを「千鳥側にあるリンゴの木」で示したかったのではないか、と思っています。
でも薫子はその後悔の中、自分の感情に振り回されて服の糸がほつれ、自分の糸で動けない状態になっていると。
多分「リンゴ=恋心=赤の糸の服を着ている薫子」だと思っているので、ここで違う形で逃げてしまった事で動けなくなってしまった薫子を表しているのだと思います。
でもそこからそのリンゴの皮を運命の赤い糸にして凛太郎にアプローチをかけるという、「勇気」を示した事で、時間が巻き戻って、落ちる事無く浮かび上がることに成功したと。
この薫子のポーズは結構色んな絵で見るシチュエーションですけど、浮かび上がるという点が能動的な物、と考えると面白いなと思います。
そしてお菓子の校舎を自分でほんの少しだけ千鳥側に寄せる事で、自分だけだったリンゴに花が咲いて、実がなって、それを薫子が運命のまま流される事無く食べる事に繋がると。
ここのリンゴを食べる薫子が艶やかすぎて凄いな、と思ってしまいましたが、ここは歌詞の「君と過ごす何気ないときが、いつだって花になるから」という所で凛太郎との交流を連想させ、
そのリンゴの花が歌詞の「君がすきな花 わたしも持ってて あぁもう笑っちゃうね」(=凛太郎と薫子の両想い)と連動する事で恋の成就に繋がって、最初の雨が嘘のように止んで傘がいらなくなった、というのが「少しの勇気で事を動かす事ができる」という、「薫る花」の1つのテーマを示しているようで凄いな、と思った次第です。
そして最後は、剥かれた皮が残酷に下に落ちていく様、ではなく同じ空間にかじられたリンゴが置かれているという、運命に「勇気」で抗って凛太郎の隣に居られるようになった、という希望のラストで終わりとなったので、非常に綺麗な終わり方だったと思います。
…とまあここまで自己解釈を書いてきましたけど、自信はあるか、と言われれば割とないです(笑)
でも取り敢えず自分の考えた事は書いておこう、と思って書いてみました。皆さんの解釈はどうでしょうか?
というわけでOPとEDの感想でした。いやはやこれだけ語れるくらいの映像クオリティだったので、「薫る花」がCloverWorks制作で本当に良かったな、と改めて思いました。本当に受けてくださってありがとうございました。今後の話も楽しみです。



























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