さて、今回はかのかり4期の感想を書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。
それでは続きからどうぞ。
第40話「決意と彼女」
脚本:上原莉恵/絵コンテ:松園公/演出:小泉まりえ/作画監督:武士鵬,三船智帆(グロス:青猫屋)
最初に嘘をついた時点で詰んでいた、というのは相当な罠でしたね…となった修羅の道になりそうな話ではありました。
というわけで、まさかの松園さんのコンテ回をコナン以来久々に見る事になったわけですが、おおむね原作通りの構図の中でも4期の特徴でもある書き文字の出し方が結構タイミングが面白くて、そこは色が出ていたかなと思いました。(この辺は演出の小泉さんのタイミングの取り方も上手かったとは思いますけども)
それと注目したのは和也が千鶴への告白について考えている時の、カーテンでの防音から思いっきりカーテンが靡いていたシーンですね。
ここでは結局和也が無力を感じつつも「告白しかない!」となっている所ですけど、ここなんでカーテンの描写がアニオリであるんだ?となったんですよ。
ですけどその後で風が吹いて千鶴が持っていた資料が飛ばされて、麻美と会うきっかけになってしまったシーンを見て合点がいったんですよ。
要はここの和也のアクションがそのまま千鶴の最悪の出会いに繋がっている、という意味だったと。演出面でのメタ的考察ではありますが、要は和也の「嘘」由来で事態がどんどん悪い方向に進んでいる、という事ですね。
その象徴として木部の相手を良く見ているからこその優しさで、これは冒頭でも書いた通り和也の見栄の部分を抜きにした奥底の本質を見て親友でいるからこそ、嘘をついている和也からしたら詰んでいる、という話なんですよ。
そんな木部だからこそ和の和也への真意を知る事ができましたし、だからこそ最初から嘘をついているのに「あの人には嘘をつくな」という忠告が、和也にとって耳が痛すぎたという事で…
ある種優しさで和也を刺している、という図なのでこれは結構な皮肉だな、とは思ったものでした。それがカーテンの風のシーンで松園さんは組み合わせたのかな、なんてメタ考察ではありますが思った次第です。
そもそもの告白云々での悶々としてるのも、周りから「そう(恋人)」と思われてる故に嘘で塗り固める事になるのを止めよう!というのが大きかったわけですし。
後、るかが1人で帰る時にちょっと坂を上がっているようなケレンミが出てきたのは、るかとしても憤りのようなものを感じた故の面白い演出だなと思いました。
るかの場合は外では「和也」呼びになりましたけど、心の中では「和也君」のままな事からして、叶わない恋と思っていてもかなり無理をして押している感じがするんですよね。
まあこの回冒頭で「別れてくれ!」と言われたのを無理やり固辞した事からもそこは分かりますけれども…その無理に動いている様をケレンミの坂に例えたのかな、なんて思いました。
るかの今カノ(仮)の立ち位置は結構傍から見たら面倒臭い感じ故に、上に書いた告白云々で結構和也を縛っている所はありますしね。
しかし麻美は本当に目の敵にしているであろう千鶴を目の前にしても、トーンを一切変えないのが怖すぎますね…
多分ナチュラルでいた時の千鶴の反応を窺った所はあると思うのですが、この辺りが掴み所の無いキャラを作り出しているのは流石だと思っています。
麻美の意図するところは「不介入、という名の介入」と思っていまして。あえて踏み込まない事でボロが出た所で一気に自分の思う方に持って行く、というしたたかさが見えるので、この辺りがどう千鶴とのドーナツ屋でのやり取りで描かれるか、ですね。
そういえばそのドーナツ屋でご機嫌でドーナツを買っていた可愛らしいアニオリが挟まれていた墨ですけど、ハワイアンズ編で殆ど出番のないみにと共にED映像の「ぼくのベガ」で楽しそうにしていましたね。
形としては古賀監督が得意とする実写の背景とキャラを止め絵で組み合わせる「言えない」と同じ形ですけど、これで美麗な平山さんと大貫さんの原画を合わせると、これだけで相当満足度が高いのが、かなりコスパの良いED映像だな、と思わされました。
この辺りの「何としてでも出番のない子達に出番を…!」という古賀監督の意向が感じられて意図として良かったと思っています。
さて、麻美の介入が入った中での次回はどうなるでしょう…今回は珍しく原作3話分というかなりゆとりのある作りになっていましたが。
脚本:上原莉恵/絵コンテ:松園公/演出:小泉まりえ/作画監督:武士鵬,三船智帆(グロス:青猫屋)
最初に嘘をついた時点で詰んでいた、というのは相当な罠でしたね…となった修羅の道になりそうな話ではありました。
というわけで、まさかの松園さんのコンテ回をコナン以来久々に見る事になったわけですが、おおむね原作通りの構図の中でも4期の特徴でもある書き文字の出し方が結構タイミングが面白くて、そこは色が出ていたかなと思いました。(この辺は演出の小泉さんのタイミングの取り方も上手かったとは思いますけども)
それと注目したのは和也が千鶴への告白について考えている時の、カーテンでの防音から思いっきりカーテンが靡いていたシーンですね。
ここでは結局和也が無力を感じつつも「告白しかない!」となっている所ですけど、ここなんでカーテンの描写がアニオリであるんだ?となったんですよ。
ですけどその後で風が吹いて千鶴が持っていた資料が飛ばされて、麻美と会うきっかけになってしまったシーンを見て合点がいったんですよ。
要はここの和也のアクションがそのまま千鶴の最悪の出会いに繋がっている、という意味だったと。演出面でのメタ的考察ではありますが、要は和也の「嘘」由来で事態がどんどん悪い方向に進んでいる、という事ですね。
その象徴として木部の相手を良く見ているからこその優しさで、これは冒頭でも書いた通り和也の見栄の部分を抜きにした奥底の本質を見て親友でいるからこそ、嘘をついている和也からしたら詰んでいる、という話なんですよ。
そんな木部だからこそ和の和也への真意を知る事ができましたし、だからこそ最初から嘘をついているのに「あの人には嘘をつくな」という忠告が、和也にとって耳が痛すぎたという事で…
ある種優しさで和也を刺している、という図なのでこれは結構な皮肉だな、とは思ったものでした。それがカーテンの風のシーンで松園さんは組み合わせたのかな、なんてメタ考察ではありますが思った次第です。
そもそもの告白云々での悶々としてるのも、周りから「そう(恋人)」と思われてる故に嘘で塗り固める事になるのを止めよう!というのが大きかったわけですし。
後、るかが1人で帰る時にちょっと坂を上がっているようなケレンミが出てきたのは、るかとしても憤りのようなものを感じた故の面白い演出だなと思いました。
るかの場合は外では「和也」呼びになりましたけど、心の中では「和也君」のままな事からして、叶わない恋と思っていてもかなり無理をして押している感じがするんですよね。
まあこの回冒頭で「別れてくれ!」と言われたのを無理やり固辞した事からもそこは分かりますけれども…その無理に動いている様をケレンミの坂に例えたのかな、なんて思いました。
るかの今カノ(仮)の立ち位置は結構傍から見たら面倒臭い感じ故に、上に書いた告白云々で結構和也を縛っている所はありますしね。
しかし麻美は本当に目の敵にしているであろう千鶴を目の前にしても、トーンを一切変えないのが怖すぎますね…
多分ナチュラルでいた時の千鶴の反応を窺った所はあると思うのですが、この辺りが掴み所の無いキャラを作り出しているのは流石だと思っています。
麻美の意図するところは「不介入、という名の介入」と思っていまして。あえて踏み込まない事でボロが出た所で一気に自分の思う方に持って行く、というしたたかさが見えるので、この辺りがどう千鶴とのドーナツ屋でのやり取りで描かれるか、ですね。
そういえばそのドーナツ屋でご機嫌でドーナツを買っていた可愛らしいアニオリが挟まれていた墨ですけど、ハワイアンズ編で殆ど出番のないみにと共にED映像の「ぼくのベガ」で楽しそうにしていましたね。
形としては古賀監督が得意とする実写の背景とキャラを止め絵で組み合わせる「言えない」と同じ形ですけど、これで美麗な平山さんと大貫さんの原画を合わせると、これだけで相当満足度が高いのが、かなりコスパの良いED映像だな、と思わされました。
この辺りの「何としてでも出番のない子達に出番を…!」という古賀監督の意向が感じられて意図として良かったと思っています。
さて、麻美の介入が入った中での次回はどうなるでしょう…今回は珍しく原作3話分というかなりゆとりのある作りになっていましたが。

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