さて、今回は「霧尾ファンクラブ」の感想を書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。

第8話「アッッッッツい夜」
絵コンテ:加藤もえ/演出:濱崎徹/作画監督:降籏秀吉,こうのけいこ,KIM DOYOUNG

望がいないのに笑う事なんてできない、という呪いが霧尾をああさせてしまっているのは、見ていてしんどかったですね…

という、これは後4話で上手くまとまるんですかね…と思った霧尾の過去が詳細に描かれた話でした。
修学旅行はウェーイ系のギャルに絡まれた事でグループが離れ離れになったり、充がロシアンたこ焼きの外れを引き、ギャルにメイクされてオモチャにされたりと相当アホな事をしていた分、本筋のしんどさが落差が相当になっていたと思います。(というかこのアニメが基本路線がそれなんですよね)

馬鹿な事(というよりは小学生男子特有の下ネタに近いですけども…)を言って笑い合って、でも望が病気にかかって修学旅行にも行けなくて…
その時に望が霧尾に言ったのが「笑っててよ」というのが…霧尾にとって相当呪いになっていたと思うんです。
望としてはその霧尾が笑わせてくれたのが自分の原動力になったからどんなことがあっても笑っていて欲しい、という気持ちがあったと思うのですが、霧尾からしたら望のいない世界に「笑顔」なんてありえない、と望がいること前提の笑顔になってしまっているので、これはそう易々と変えられる価値観ではないだろうな、というのは感じた次第です。

とはいえ、ここでカギになってきたのが充、というのが良い立ち位置を貰ったなと思うんですね。
充も基本一人でいてそれなりの日々を送って来た人間ですけど、藍美や波の「霧尾ファンクラブ」と触れ合う中で、自然と「楽しい」という感情が湧いてきて、「友達と過ごす事の楽しさ」を感覚的に感じる事ができているんです。
そういう意味ではこのアニメの中で一番幸せになっているのは充なわけですけど、そんな充だからこそ霧尾に「楽しいという気持ちに辛いも何もない」というような事を言えたのは説得力があったと思うわけです。
例え過去に何があろうとも、霧尾が「楽しい」と思ってはいけない、なんて事はないですし、望はそれを望んでいないのではないか、とも思うんですね。

といっても望が死んでしまって、その母親が望をずっと覚えていてくれることを肯定してしまっている(=死を受け容れて前に進む、という事を、悪い言い方をするとさせてくれない)事を考えると、霧尾が「簡単に言うなよ」とLINEで送られてきた修学旅行の写真を削除したのも分かりますし、この傷が癒える事はないのではないか、とすら思ってしまうので難しい所ですね…
思った事の感情そのままに動く事ができればそれでいいんですけども。

そして「霧尾ファンクラブ」の方は、友達としての繋がりが強いからこそ、恐らく自分と望の事を思い出して相当辛くなっていると。
藍美としては望と接している時の霧尾の笑顔を見て好きになったので、その笑顔を取り戻したい気持ちで動いているけれども、波と一緒に居る事で友情を思い出してしまう霧尾の辛さを見ていると、裏目に出てしまっているのが難しい所でして…
この一方通行に終わりが来る日があるのでしょうか…というのは、全てが霧尾次第な気はしています。

という感じで本筋の感想は以上ですが、最後に心霊と化していた星羅ですけど、心霊になっていて推しである霧尾ファンクラブの2人に認知されていない感じが、正に「推しと接点を持ちたくないタイプのオタク」という感じで無駄に解像度が高いなぁ、なんて思ってしまいました。
あれで良く捕まらないな、なんて思ってしまう位には、です。

というわけで後4話、どうなるんでしょうか…