時期外れの戯言

アニポケを中心にアニメの感想・考察記事を週6でのんびり書いています。

カテゴリ:ポケモン > アニポケスタッフ

まだ今回分の「キテレツ」の記事を投稿する前ですが…今日「ガンダム SEED」の監督である福田己津央さんのTwitterアカウントにて、日高政光さんの死去についてのツイートがありました。

こればかりは結構キツくてですね…日高さんといえばアニポケ無印からAG途中まで監督を務められ、それ以降はDPまでひたすらローテコンテマンとしてコンテを切り続けた方でもあります。
アニポケはどうしても湯山さん、首藤さんの名前が先に来てしまいますが、日高さんの功績も素晴らしいものがあったと思っていまして。
やはり初代監督である事、そして初各話演出作があのクチバジム戦である事は大きかったと思います。

この時までは中々アニポケにおける「ポケモンバトル」が中々確立していない時期で、ジム戦でも真剣勝負が中々ない状態でした。
そこに脚本の冨岡さんが色付けてくれたのはそうですが、後のスタンダードになるイメージBGを上手く使ったバトルスタイルを確立してくれた日高さんの演出は素晴らしいものがあったと思います。
イメージBGの多用については後々矢嶋監督が背動を使ってのイメージBGを廃止した事でそこまで良い風には見られていなかった形がありますけど、僕はあのイメージBGを使ったクチバジム戦があったからこそ、今のポケモンバトルが思っているので、日高さんの功績は無視できないものだと思っています。

そして日高さんの意地が見られたものとしてはやはり「ピカチュウのもり」が挙げられるでしょう。
ポケモンショックにおいて放送が中止された後の最初の作品。それはもう力を入れて描いたのが分かるように日高さんのコンテがあの素晴らしいラストシーンを彩ってくれました。
日高さんのコンテはは1枚絵で見るとわかるのですが構図に凄く凝りがあって面白かったんですね。
だからこそ力の入れようが伝わってきましたし、コンテ師として見ても本当に素晴らしい方だったと思います。

同時にAGにて降板するまで途中からあの長期シリーズにおいてシリーズ構成なしでやってきた事、相当苦労されたことと思います。
今考えたら正気の沙汰ではないですからね。それは降板もしてしまいますしその鬱憤をコンテ職人として果たすというものです。
アニポケへの最後の登板はゲノセクトの映画でのコンテと、プレストーリーのコンテ演出でしょうか。あれから9年が経って20年の仕事を最後に仕事が途絶えてしまったと…
同い年の須藤典彦さんが「妖怪ウォッチ」でバリバリ活躍されているのを見ている分、この訃報は残念でなりません。

1視聴者としてはご冥福をお祈りする事しかできませんが、最後にアニポケに与えてくれた多数の功績に感謝致します。
ありがとうございました。

さて、アニポケSMではアローラリーグが続いていますが、やはりバトルクオリティは脚本家によるものだと改めて感じている所です。

というわけで今回はそのバトル面での現時点の序列のようなものを書いていきたいと思います。
脚本家ごとのバトル事情については大昔、2014年の6月に書いているのですが、如何せん拙いのと情報が古いので、今回改めて簡単にではありますが書こうと思ったわけです。

それでは続きからどうぞ。

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つい先日、とあるツイートでアニポケと首藤脚本の話を見かけました。
首藤脚本は知りたいものの1つではあるが、ポケモンの作品にもっと触れたから知った方が良い気がすると…

今回はその答えのようなものを1ブロガーとして勝手にではありますが書いて見たいと思います。
それでは続きからどうぞ。

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さて、副監督に小平麻紀さんが就任されてからそれなりの時間が経ち、アニポケSMのパワーアップに多く貢献されているようにも感じます。
副監督ならば絵コンテ修正も多少は行なっているでしょうから。

なので今回はその貢献度について書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。

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さて、以前エテボースの別れ回の少しネガティブな考察をしたわけですが、その中でクレジットにも注目していたんですよ。
というのも、DPで下の方の立ち位置だった人がそのまま今になって昇格している、ということがあるからです。

その辺りを見ていくとやはりあったんですよ。
まず今ではローテ作監の香月麻衣子さんですが、とある本社回で動画として参加していましたし、現キャラデザの中野悟史も同じく動画として参加されていました。
この2人はフリーの集まりから始まったOLMという会社の中で純粋に動画マンから育てられたいわゆる「生え抜き」の類の人達で、その方が順調に成長して今の立ち位置があるのだな、と思うと感慨深いものがありますね。
特に香月さんはお父さんが一石さんと同い年というくらい若い方らしく…そういう意味でも年齢にかかわらず実力主義な良い関係性なのか分かります。
実際中野さんも若いでしょうし、この後は「たまごっち」のアニメで大活躍してから鳴り物入りでキャラデザになったところがあるので。

ちなみにその回の原画にはアニポケXYのキャラデザとしてお馴染みの広岡トシヒトさんもいて、こちらも時代の流れを感じますね。
まあ広岡さんは途中から総作画監督をやるくらいには位をあげた方ですが。
そして今では単独作監にまでなったスタジオたくらんけの直井由紀さんも、DPの頃には動画で参加されていましたね。
この頃の原画勢は岩根さんの弟子筋でもある案浦達哉さんや古参であろう斎藤明英さんは参加されていたものの、その他の方々は知らない方ばかりでこの数年でかなり一新されたのだな、という気持ちがあります。
この時動画だった直井さんが作監ですから…これまた順調な成長を遂げているといって良いでしょう。

こういう順調な出世というのは見ていて気持ちが良いですし、モチベーションも上がるというものではないでしょうか。
その他にも現美術監督の武藤正敏さんはDPでは背景のチーフを担当していましたし、撮影監督の折笠裕子さんもコンポジット(撮影作業)3番目にクレジットされていました。(今でもチーフで活動されていますが)
こういう積み重ねがあったからこそアニポケSMでメインスタッフが一新されてからも順調に事を進めることができているのでしょう。
これで後継者が出来ていなかったとなったらそれでこそ大問題ですからね。順調に世代交代が出来たのもこの育成があったからでしょう。

監督も既に色々な方が絵コンテ演出をやり始めて待機していますし…このシステムがある限り安泰だなと思うばかりです。
まだまだ先の話になりますが頑張って欲しいですね。
そんなわけで短いですがこの記事を終わりたいと思います。

さて、ここで長年温めていたネタを少しばかり放出したいと思います。
それというのが武上さんのキタトウカシティ回の流れです。

まあ結構言われてしまっている回なのですが違う観点から見てみると相当面白い回と僕は思っています。
なので今回はその部分を少しだけですが書いていきたいと思います。
それでは続きからどうぞ。

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さて、全日帯のアニメにおいて、チーフアニメーターの存在は非常に重要になってきます。
最近はクオリティを少しでもあげようと負担軽減の為に絵コンテと演出を分離するケースが多いですが、できる事ならば絵コンテの意図をそのまま演出で に昇華する事が出来る絵コンテ演出の兼務する人が必要だと思うんですよ。

絵コンテ演出という兼務が出来るということは、それだけの力があり忙しい監督に変わって重要回を直接引っ張っていけるという事です。
なので全体的に並みにならずに重要回での強弱がつけられるという事になります。
更にはそのチーフアニメーターがいる事がそのまま他の方の意欲を上げる事にも繋がります。
勿論絵コンテは見られないでしょうから直接本編を見る事になるのですが、やはり上手さは分かるでしょうしそこから学べることもあるというものです。
何せ、絵コンテ演出ともなると作画以外は全てその人の仕事だと分かるので。

ちなみにアニポケのチーフアニメーターの枠はありがたい事に20年間ずっと浅田さんが務めてくださっています。
その他の方が最早新しい方になっているという事は、浅田さんさえ確保すれば後は新陳代謝させていけば良いとアニポケスタッフが割り切っているという事になります。
それぐらい岩根さんとのコンビが圧倒的ですし、「浅田さんと岩根さんに負けてたまるものか!」という気持ちも作ってくれているのでありがたい限りです。
なのでいくらこくぴっとというグロス回とはいえ、監督にもなれる人がずっと絵コンテ演出を続けてくれる事は、だからこそ後継者の確保も進むというものなので凄いものです。
実際監督をやってましたしね。

今現在ツイッターに本名名義で浮上し、デジタルの絵コンテでハイテクさをアピールしている所ではありますが、今後ともよろしくお願いします、と言いたい所です。
というわけで一通り書きましたのでここでこの記事を終わりたいと思います。

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