時期外れの戯言

アニポケを中心にアニメの感想・考察記事を週6でのんびり書いています。

カテゴリ: 戯言

さて、取り止めのない雑談にはなるのですが、最近の情報的な発信手段として「文章・絵・動画」があるのですが、
その中で「何が1番大変か?」と言われると、僕は動画だと思うんですよね。

この問いについては人によって答えが分かれるとは思うのですが、万年文章を書き続けている人間としては、「見てもらう時間の中で分かりやすく情報を伝える」という点では動画が1番難しいと思うわけです。
何せ目で見えるものではなく「音」の要素が入ってくるわけなので。多角的な部分を求められるんですよね。

この点は、ただの喋りを動画の形にしているクレしん映画感想動画以外だと、昔自分の記事の考察を元にゆっくり動画を作った事があるのですが、それがとんでもなく難しくてですね…
文章をそのまま流用すれば良いのかと思ったら、その動画の枠内に収める為にコンパクトにまとめなければいけない、1文が長過ぎると途中で視聴者が飽きるだろうから全体的な構成も簡潔にまとめなければいけない、というような感じで、結局動画向けに再構成する事になったので手間がかかったわけです。

プラスでその文章を音で聞いた時にどう聞こえるか、その音とその時に出ている画像のタイミングはどうか、等考えていたら時間が相当過ぎていたりしたわけです。
なので、これはゆっくり動画に限るのかもしれませんが、「30分で1分の動画尺」というのは誇張でもないんだなと思った、という事ですね。
それと比べたら、10年以上続けてきた文章だと、思った事を文章に多少の構成と共にまとめれば良いので、僕個人としては性に合ってるな、と思っています。

そう考えると、最近結構YouTuberと呼ばれる方の動画を見る事が多くなった今となっては、面白い動画を作成してくださる事に感謝が凄いという話ですね…本当にお疲れ様です。
なので、いつか「好きなYouTuber」みたいな雑談記事も組みたいとは思っています。僕の場合はエンタメ全般の方ではなく、ジャンル特化型の方の動画を見る事がおおいですね。

ちなみに「絵」はどうなんだ?という話ですが、僕の美術センスがマイナスレベルなので、1番できないのは絵にはなるんですけど、音がない分目に見える物に全てを集中できる、という意味では動画よりも多角的な大変さはないのかな、というのが感想です。(あくまでも個人の感想なので悪しからず…)

というわけで、基本は文章の世界に身を置き続けようと思っているスノードロップでした。

さて、当ブログでは全日帯アニメは深夜アニメと別物として(制作スピード、作画クオリティ等)捉えた方がいい、という事を幾度となく書いてきましたが、
最近それよりも更に特にアニポケのような作品ですら全日帯アニメの中で貴重になってきたな、と思うようになったんですね。

というのも、全日帯アニメを良くやっている東映が、ONE PIECEが深夜枠に移動になり、プリキュアは1年単位、「ゴーストゲーム」が60話台、「逃走中」が100話手前という感じで、話数が結構少なくなってきてるんですね。
最近始まった「Beatbreak」がどこまでやるかは分かりませんが、そうなると数年単位のアニメはそれこそOLMの専売特許のような形になってきそうです。(サンライズの「アイカツ」も現状終了してますしね)
今「BEYBLADE X」が100話まで放送されていてまだ続きそう、その前のベイブレードシリーズも結構続いているという感じで、一旦終了している「妖怪ウォッチ」も含めるとここまで長期間やれるアニメは貴重になっていると思います。

その中で毎回140話近くのロングスパンでやっているアニポケですから、それに応じた丁寧さは、進みの遅さも考慮に入れて欲しいなとは思います。
深夜アニメや1年アニメの感覚で見るとどうしても話数の都合上遅か感じてしまうけれども、裏を返せばそれだけ丁寧にやれる、段階を踏む事ができるという事でもあります。
なのでそこはもう110話以上積み上げていっている新アニポケなので、もう少し寛容に見てもいいのかな?というのが僕の持論ですね。
ここまでの規模のアニメももう珍しいので、そこは大事にして欲しいと思います。

まず本題に入る前に、8月10日日曜日のどこかの時間で、「薫る花」のアニメ、原作最新話までのネタバレ全開のスペースをやろうと思っています。
語る内容については後々お品書きを書く予定ですが、誰も来なくともスペース自体はアーカイブを残す事ができますので、ボイスメモ代わりにやる予定ではいます。
それにあたりまして、どの時間なら都合がいいのかのアンケートを取っていますので、良ければ回答頂けたらと思います。



さて本題に入りまして、2025年夏クールアニメも中盤に入りまして、未感想枠で見ているアニメも大分固まってきましたので、今回はそのアニメについてざっと書いていきたいと思います。
そもそもアニメなんて未感想で見るのが普通なんですけども…僕のアニメ視聴スタンスが特殊という事で見て頂けたらと思います。
それでは続きからどうぞ。

[追記]
僕とした事が、「帝乃三姉妹は案外、チョロい」の雑感を書くのを忘れてしまったので、最後に追記しています。

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さて、2025年春クールのアニメは一切見ていない今ですけど、夏クールに関してはかなり豊作で見るアニメに本来なら悩むくらいのものではあるんですよ。
CloverWorks三連星、「ぬ〜ベ〜」「タコピー」等々かなり覇権を取るアニメが読めないレベルで期待されているアニメがあるので。深夜アニメを断続的に見ている人は時間との葛藤があるのではないでしょうか。

その中で僕の視聴事情ですけど、感想ありでやる事になるのが2つあるというのが夏アニメの時期における僕の修羅場を表しているように思っています…
1つは言うまでもなく「薫る花」もう1つが古賀監督が復帰した「かのかり4期」になります。
しかもどちらも重視したいコンテンツなので曜日が被ってなければリアタイ視聴&感想を書きたい代物なので、その為に睡眠時間を上手い事コントロールしてやる事にはなりそうです。
その為、多分通常記事が余程の事がない限り出来なくなるとは思うので、そこはご了承頂きたいと思います。

そして感想無しの視聴枠ですけど…多分「帝乃三姉妹」で限度かなとは思っています。
「帝乃三姉妹」に関しては原作を最初から追っていて、ひらかわ先生作品待望のアニメ化&P.A.WORKSという事なので、時間を縫ってなんとか見ようとは思っています。
まあそうでないと時間が足りなくてしょうがないので…「薫る花」に関しては6月中に感想の下準備をしようとは思っていますのでそこでなんとか使える時間を捻出しようとは思っています。

というわけで夏はかなり当ブログとしては忙しくなるとは思いますが、お付き合い頂けたら幸いです。

さて、通常記事枠の雑談のような戯言ですが、創作物において、ある程度のデフォルメは大事ですよね、という話ですね。
物事のリアリティを描いていくことは大切ではありますが、それにこだわりすぎると描写の面白さが削がれる場合があるので、ある程度そこはデフォルメ化した方が創作的には楽しめる、という話ですね。

そうする事でその物事の本質的な部分がダイレクトに伝わって、視聴者側も楽しく見ることができる、という感じですね。
これについては結構前になるのですが、人生経験も兼ねて千葉地方裁判所にていくつかの裁判を傍聴した事がありまして。
その中で被告が無罪を主張しているタイプの殺人事件の裁判があったのですが、そこでの「被告の指紋系統が付着した空気清浄機」(かなり曖昧ですが前の話なので…)の捜査結果についての鑑識の方の証言、弁護士と検察官の質問部分で1時間以上使っていたんですよ。
それも最初ははその鑑識の方の肩書き質問から始まり、その当時どのような状況で鑑識にあたったのかの質問をした上で鑑識方法などの説明をして…という感じで、この積み重ねで1時間以上ですから、これを創作物でやったら間違いなく退屈な方が勝るだろうなと思った次第です。

だからこそ「逆転裁判」のような裁判モノは、こういう形式的な部分を省略できる所は省略して、「裁判所の中で事件の解決していく様を痛快に描く」という風にしているのでしょう。
良く裁判状況をツッコミしているような人が居たりしますけど、本物の裁判を考えたらデフォルメ化はやむなしだろうと思ったわけです。

以上の事から、リアリティ追求も程々に、デフォルメできる所はデフォルメした方がいいとなるわけですね。
という、それなりに昔の経験から掘り起こした戯言考察でした。

さて、来月には1年モノの戦隊とプリキュアが最終回を迎えるフェーズに入るわけですが、戦隊行脚等してきて改めて思った事は終盤の展開をきちんとこなす為に、枝葉の部分を欲張らない方が成功するなという事でした。

「終わりよければ全て良し」という言葉がある通り、終盤の展開を間違えなければ、それまでがそこまで評判が良くなかったとしても、評価としては一定の評価を得ると思っています。
ですがその逆も然りで、枝葉の部分のやりたい事をやり続けて、終盤の尺が足りなくなって最後駆け足になるケースも多くなるんですね。

これに関しては長期アニメ系統だと起こりがちだと思っていて、50話近くあると結構できる事が広がるので、そこで欲張ってあれもこれまたやってしまいがちな気がする、という話ですね。
なので取捨選択というのは本当に重要で、そこは構成面の段階からやる必要があると思っています。

その点、現行のわんぷりはかなり優秀だと思っていて、前回の話でトラメが成仏した事で残りはザクロとガオウの2体だけになりましたし(しかもトラメの遊びたがり屋は前々から無理なく場面を配置していました)、
悟いろも成立しているので本筋の邪魔にはならない、後はこうするだけ、の道筋ができているので、そこに枝葉を加えても無理のないものになる、と成田さんの構成が優秀な分全く贅肉がついていない運びになってるんですね。
アニメージュ の増刊号を見た限りでは中々省略している点もあるみたいですけど、そこを欲張らずに構成をした事が終盤の展開に行きてきそうで、そこは楽しみにしてる所です。

構成面のスムーズさだけで見たら、僕はひろプリよりも優秀だと思っているので…
ちなみにひろプリの場合は、バッタモンダー周りやスキアヘッドの動機のライブ感があったので最後駆け足に見えたのもありますし、プリキュア周りのドラマの積み重ねを優先した分悪役描写が少なくなった所はあります。
なので僕はその非効率な部分含めて好きなので何とも言えないんですけども…

それはともかく、要は欲張ってもあまり良い事はない、という話なので、そこは長期アニメは特に気をつけて構成して頂きたい所です…という話でした。

さて、ここでのハードルというのはいわゆる「参入障壁」の話なのですが、これは大和屋さんの新作「ぱからん」の後書きに書かれていた話になります。(本編の方の感想はスルーします)
それによると、意訳にはなりますが「コナンというのはネームバリューがあるので色んな脚本家が書くけれども、没になった話がかなりある。自分も何人か紹介したが跳ね返されてきたのを見てきた」という感じで、脚本事情については人手不足というよりはストーリーエディターの飯岡さんがかなり厳しいので、そのハードルを越えられないという説が出てきました。

これは変にクオリティの低い話が出てくるよりは良い、となるのですが、如何せんその罰になった話というのが本当にクオリティが低いものなのかが分からないので、その辺りは何とも言えないんですよね…
しかも飯岡さんは良いと思った人を徹底的に使う傾向にあるので、その分新脚本家にそこまで重きを置くという事はしないのかもしれません。(とはいえ脚本家育成として若手の方には飯岡さんのクレジットがあるので、かなり厳選した指導はしている気はしますが)

とはいえこれでは誰かが金属疲労する可能性が否めなくなってくるので、ストーリーエディターに小宅さんが入っている分、良い意味でハードルを下げる事は大切な気はするんですよ。
良い意味で、というのはクオリティを下げてでも新しい人を入れる、という話ではなく、角度を広げて見て「こういう良い所もあるから一回採用してみよう」というような採用方法でも良いのではないか、という話ですね。
そうでなければ人の少なさにコナンアニオリ自体が先細りする可能性もなくはないので…
昔のアニオリの体制なら原作回がまだまだ豊富に出来たので、厳選しても「原作のおまけ」な立ち位置で収まるのですが、原作回を乱発できない昨今の状態なら、人を良い感じに増やさないと保たない、という話なので。

という、コナンアニオリ好きからする一種の提案のようなものでした。

さて、タイトルを見てなんの事だ?となっているかもしれませんが、創作において、例えばアニメなら視聴者がこういう展開をするならこうして欲しいな、と思っている事に応えることで、どこかしらで齟齬が出るのではないか?という懸念についてですね。

これに関しては話題性や視聴者アピールが先行する事で、話題になって認知度は高くなるけれどもそれで本筋の話がガタガタになったら意味がない、という悲観意見から来ているように思います。
確かに僕も昔、「視聴者の為にアニメは作って欲しいけれども視聴者の言うことは聞かないようにしてほしい」と当時流行っていたフォーマット画像で主張したりもしましたけども、
これに関してはその話題になる事が本筋において大事な側面であるのであれば、擦り合わせは上手くいっていると言って良いんじゃないかと思うんですね。

要は「手段と目的が逆転になっていなければ良い」という話ですね。
例えばアニポケだったら「おもしれー女」としての役回りが期待されていたゼイユが、フリードに翻弄される形でその役割を発揮しつつ、キタカミの里のお祭り要素の一角を担っていたので、擦り合わせは上手く行っていたと思いますし、
原作ファンから人気のあったシズネを、てらす池に行くきっかけにしつつ、アチゲータが中に入ったロイに優しくされた、という所で出番と本筋の進行を両立していたので、そこは流石はアニポケ上手いなと思ったものです。

これが「キャラを作るために本筋を捻じ曲げる」ならダメなんですけど、ここではそれが出来ているという話です。
まあBWのフウロみたいな事もあるので、そこは何でそうなったのか感はありますけども…
というような感じに、本筋と需要(話題)の擦り合わせができていれば、話題を重要視しても良いのでは?というのが僕の考えです。

ちなみに余談にはなるのですが、これを語る方の中には、「話題の要素が多くなる事で本来の本筋がクローズアップされないのが気に食わない」という人もいると思います。
多くある例では「〇〇に全部持っていかれた」みたいな文言ですね。でもこれに関してはそういう事を言う人もいるんだな、でスルーすれば良いとは思っています。

僕は前々からそうなんですけど、世間一般の評価と、自分の意見が離れているケースがあったとしても、「まあ別に良いか…」と思うようにしてるんですね。
その方が精神的にも変な気持ちにならずに済みますから。
これは最近では主に、コナンの浦沢脚本でキテレツな面にばかりクローズアップされて、その奥にあるものを見ようとしない人達に向けてそういう感情になっている、という感じです。
流石にその自分の主張をその相手に執拗にぶつけまくっていくのはただの迷惑行為なので絶対にしない方が良いですけど、「別に良いか…」と思うのは自由ですからね。
向こうも勝手にそういう事を思っているわけなので…

とまあ、最後は話が逸れてしまいましたが、話題性と本筋の擦り合わせの話でした。

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さて、Twitterにも書きましたけど、裏でかなり応援している横浜DeNAベイスターズが26年ぶりの日本一になりました。
このブログはあくまでもアニメ関係のブログですので、野球観戦等の話はそこまでしないようにしているのですが(千葉ロッテマリーンズの観戦ポスト集は載せましたけど)、流石に日本一になったとなれば話は別、という事で少しここで書かせてください。

それでは続きからどうぞ。

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さて、唐突になんでこの話題なのか?についてですが、今見てる戦隊(ブンブンジャーの事ではないです)に少し完璧にしようとするあまり色々でこぼこしてた点が出てきたからですね。
今見てる段階ではそこを抜けた感じはありましたけど、それまでは理詰めで攻めようとした結果説明が多くなりすぎたり、そのフォーマットを求めようとして手段と目的が逆転しそうになっていたりと…「完璧を求めようとして完璧でなくなっている」という感じになっていた、という事です。

そうなると「完璧」って何だろう?という話になるのですが、これは人によって解釈が分かれると思うんですね。
それこそタイトルにも書いたように、無駄を削ぎ落とした先にある減点法的な完璧が好きな人もいるでしょうし、色んな要素を詰め込んで煌びやかな物ができる加点法的な完璧が好きな人もいると思います。
僕個人的には加点法の方が好きだったりします。減点法の方式だと逆にその完璧は超シンプルなものになってしまって「面白み」がなくなってしまうと思うので。
無論加点法だと「その詰め込みから少しの隙」が見えてくるという見方もあるのですが、その隙も含めて好きになるケースもあると思っているので、致命的でない限りは会っても良いとは思っています。

例えば、理詰めであっても何もかもを理詰めにするのではなくて、「ほんの少しの奇跡の要素」を設ける事でドラマチックに見せる、というような感じですね。
これだけでも窮屈さは薄れて話の幅も広がると思うので。

とはいえ減点法の完璧も度合いを間違えなければ別に悪いものではないな、とも思っていて、それが今もそうですが去年からかなりハマって聞いているスティーリー・ダンですね。
こちらは完璧に完璧を重ねる為にバンドの組み合わせを良いものができるまで変えたら、ギターソロのために名だたる人々を連れてきては気に入らなかったらボツにする事を繰り返して名盤「Aja」を作り出した経緯がありますしね。
ただこちらに関しては完璧を追い求めすぎて音がどんどんシンプルになっていったパターンなので、やはり加減は難しいな…と思うばかりですね。(とはいえその権化である「Gaucho」「The Nightfly」名盤な事には変わらないですけど)

というわけで個人的に考える「完璧」の定義付けを書いてみました。

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